2015年4月3日金曜日

ごめんなさい体験(3)


まーほの愛すべき気付き体験談をご覧いただきありがとうございます^^
あなたさまとのご縁に心から感謝しております☆

◆自分が否定されたのだと勝手に傷つき怒っていました、ごめんなさい体験
についてシェアさせていただきたいと思います。

大学3年生のころ、インターンシップ(企業体験)として
東京の広告関係の会社2社で働かせていただいたことがあります。
その期間、各社2週ずつで約1ヶ月間。
地方学生ですから、同じ会社でインターンシップをすることになったTちゃんと
マンスリーマンションを借りてルームシェアをしようという話になりました。

広告関係の仕事は朝が早くなったり、夜遅くなったりと
生活のスタイルは不規則で、
私とTちゃんの生活スタイルもズレがありました。

それでも互いに志望した会社だったので、楽しかったですし、
互いにどんなことをしてきたか、意見交換もしていました。


あるとき、私が普通出勤で、Tちゃんが昼出勤の日がありました。
Tちゃんは昨晩遅かったようなので、起こさずに
Tちゃんの朝食を用意して、先に出勤しました。

仕事が終わり、帰宅しました。
Tちゃんはまだ帰ってきていませんでした。
荷物を降ろし、夕食準備をしようとシンクへ行くと
今朝私が用意した友人への朝食が
まるまる三角コーナーに捨ててあるのを発見しました。

すごくショックでした。
そして次の瞬間ぷちんと何かが頭の中で切れた音がしました。

「意味わかんない!」
「むかつく〜〜!!」
「せっかく準備してあげたのに〜〜〜!!!」

一番最初に叫んだ言葉がこれだったと思います。


というのも、実はルームシェアも1週間経つか経たないかのころ、
Tちゃんとの生活は合わないな〜と感じていました。

そう感じ始めると、Tちゃんの言動のひとつひとつが目についてくるのです。
意見交換だと思えばとても素晴らしいTちゃんからのシェアも
「こんな凄い人と知り合えた」
「こんなに仕事を任せてもらえた」
という、自慢話だったり、自分の方が素晴らしい経験をしているんだという
優越感を語っているようにしか聞こえませんでした。

そんな中、用意した、用意「してあげた」朝食が
無惨にも、悪びれることなく捨てられた姿を見て
怒り爆発!しちゃったのですね。

自分のしたこと、自分そのものが否定されたかのような思いを感じました。

その場は怒りを紙に書き出すことでなんとか抑えたものの
しばらくTちゃんの目を見て話すことができないくらいの嫌悪感が残りました。

***

今にして思えば、本当にこのイベントはTちゃんが問題なのではなく
自分自身の問題、出来事をどう捉えたかだけなのですよね。

まさに思考が現実化した、典型的な例だと思っています。

過去の私はTちゃんがその日の朝食を拒否したことと
私に対する価値を結びつけて捉えています。

Tちゃんが食事を捨てた→私を否定!

本来、この2つには何の関係性もありません。

当時良好な関係にない私が思っていたから(捉えていたから)
Tちゃんがたまたま朝食を食べなかったことを
マイナスに捉えてしまったのですよね。

良好な関係である私が思っていたら(捉えていたら)
Tちゃんがたまたま朝食を食べなかったことを
「具合でも悪いのかな?」と思考できたかもしれません。

同じ出来事にも、全然違う意味付けができたはずなのです。


私たちは毎日、毎瞬、さまざまな出来事を目の前にします。
出来事自体に意味はありません。
そのように存在しているだけ。
それにどのような意味付けをするかは「自分で」選択できるのです。

「お財布を落とすこと」にも何の意味もありません。
「しまった〜どうしよう!!!最悪だ〜・・・」という意味付けをするか
「これは良いことだ、素晴らしい」と意味付けするか
「自分で」選択しても大丈夫なのです☆

体験 = 出来事 + 意味付け です。

出来事には何の意味もありませんから、
すべてあなたさまの捉え方、意味付けによって
それが「最悪の体験」にでも「最高の体験」にでもなるのです。

素敵な意味付けをして、素晴らしい体験でいっぱいの人生になったら
これまた素晴らしいですね♪ 感謝ですね♪


Tちゃんごめんね。
許してください。
ありがとうございます。
愛しています。

Tちゃんのもとにますますの愛の光が降り注ぐことを
心から希望し、祝福させていただきます。


お読みいただきましたあなたさまにも心から感謝しております。

0 コメント:

コメントを投稿

気付きがあれば何でもシェアしてください!