2015年3月14日土曜日

ありがとう体験(3)



まーほの愛すべき気付き体験談をご覧いただきありがとうございます^^
あなたさまとのご縁に心から感謝しております☆

◆自分がわからず流されるばかりでした、ありがとう体験
についてシェアさせていただきたいと思います。

高校生になる時には、心機一転!環境も大きく変わるため、
根拠なく「大丈夫!」と気持ちを新たに切り替えた覚えがあります。
当時、そう意識したわけではありませんが、
この時期から私は「いい人」スーツに身を包むようになったのだと思います。
「いい人」スーツのおかげで、少し余裕が出てきたこともあったのか、
高校生活は中学時代に比べると順風満帆で、楽しい毎日を過ごしていたと思います♪
とくに高校2年生はものすごく、充実していました。
心穏やかに良好な人間関係を築けていたあの頃はキラキラと輝く、良い思い出です☆

一方で、人間関係のトラブルが少なくなってくると、
今度は「自分軸」のなさに(ちょっぴり)悩むようになりました。

高校に入学して新たに部活動に入る時も、
たまたま仲良くなった子が「合唱部」に入るというので、私も流されるまま入部しました。

文理の選択では「理系に行きたいが、心理学を大学では勉強できたらいいな」という
淡い希望に対して、当時の担任の先生が
「教育学部なら理系を選択しつつ、児童心理という形で心理学も勉強できると思う」
というアドバイスしてくださいました。
「なるほど、教育学部ね」
と深く考えることもなく、誘導されるまま目標を定めました。

大学選択は親に「実家から通えるところで!」と指定され、
特に県外へ出たいと主張するほどの意識の高さもなかったので、
地元の大学の教育学部に進路を決めました。

これらの選択、決断が、全然自分の意志ではなく、
ただただ流されるまま進んでいることに、
当時は(言うなれば最近まで)「自分がないな〜」と思い込んでいました。

でも、ただ流されているように見えるだけで、
自分でちゃんと選んでいたんだなと、今になって気付きました。

例えば、歌うことが嫌じゃない、むしろ好きだったから「合唱部」に入ったのです。
誘われたのが軽音楽部だったら、楽器には苦手意識があるので、入っていないかもしれません。

理系に進みたいという思い、心理が勉強したいという淡い希望が、
先生の示してくれた道と合致したから「教育学部」に進もうと決めたのです。
血を見るのは苦手なので「医学部」や「看護学科」を勧められていたら
「それはちょっと・・・」と躊躇しただろうと思います。

親が大好きで、実家暮らしに何の不満もなかったから
「家から通える大学にすること」という親の意見をすんなり受け入れられたのです。
「どうしても家を出たくて」とか、「叶えたい夢があるんだ!」という親の意見に対立する思いがあれば、
そうしたいと主張できたかもしれません。

「自分では何も決めていない(何も決められない)」と思い込んでいましたが、
ばっちり自分で選択していることに、10年近く経って、ようやく今、気付きました。

流されるまま選択してきたというのは、何の抵抗もなく、
自分が進むべき道がすーっと示されていたに過ぎなかったということかもしれません。
そう考えればこんなに幸福なことはないはずなのに!
「自分は何も決められない」という思い込み
そのありがたさ、宇宙からの愛の提供を気付かなくさせたり、
感謝できない状況にしていたりするのですね。

宇宙はいつでも私たち一人一人が望むままを叶えてくれる、素晴らしい存在です♪
宇宙によるベストな愛の体験の提供に本当に感謝感謝です☆

もし私のように「自分がわからない」ことで悩んでいる人が、
実はただそう思い込んでいるだけなのかも?という視点を持ってみることで
心が軽くなったら良いなと希望しています^^

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