2015年3月14日土曜日

ごめんなさい体験(1)



まーほの愛すべき気付き体験談をご覧いただきありがとうございます^^
あなたさまとのご縁に心から感謝しております☆

◆無視することでいじめていました、ごめんなさい体験
についてシェアさせていただきたいと思います。


私は中学時代の人間関係の躓きから
「人間関係下手ないじめられっ子」という思い込みを
長い年月の間持っていました。

しかし、その前に自分が「いじめっ子」だった体験をしているの
過去を振り返る中で思い出しました。

思い出せる一番最初のごめんなさいは小学校4年生の時です。
小学生の頃は近所に住む子ども同士で「集団登校」して学校へ通っていました。

当時、集団登校の班長をしていてくれたのは小学校6年生の男の子Uくん。
理由があるのかないのか、思い出せませんが、そのUくんが嫌いで、
同じ班の友達と一緒にぺちゃくちゃおしゃべりをしながら・・・
まったくもって集団登校することなく、
わざと歩を緩めながら歩いていたように思います。

Uくんは「ちゃんと歩いて」と何度も声か消してくれていたと思いますが、
改善することなく、卒業まで彼の注意を無視し続けていました。

さらにはその期間、女の子たちの間では「交換日記」が流行っていました。
私はその交換日記の中にもUくんの悪口を書いてみたり、
友達が書くUくんの悪口にも乗っかってさらにひどいことを書くのです。

Uくん卒業後、ひょんなことから母にその交換日記を読まれることで
「なんてひどいことしているの!!!」
と、こっぴどく叱られた(叱ってもらった)のを覚えています。

Uくん、本当に本当にごめんなさい。

今にして思えば「なんてひどいことしてるんだ」と思います。
自分のした行動の愚かさにも気付きます。

おそらくまだしっかりと観念がついていない頃のお話です。
「人を傷つけてはいけない」
「誰しもが完全大であり、賞讃すべき素晴らしい存在である」
という観念がなかった私のした過ちです。

これからの子育てにおいても素敵な愛溢れるイメージ(観念)を
子どもに伝えていければ良いなと希望しています。

そしてここで一つ注目したいのは
Uくんを攻撃していた自分だけでなく、
他の子を大切にしたり、仲良くしたりできる自分も
同時期に存在していることです。

コインに裏と表があるように、
ドロドロ思いネガティブ要素とキラキラ軽いポジティブな要素
両方セットで持っているのが私(たち)です。

弱気な自分もいる。
攻撃的な自分もいる。
自分が嫌いな自分もいる。
明るい自分もいる。
優しい自分もいる。
自分が好きな自分もいる。

まず、そのすべての自分の存在を認めることが、
自分を信頼するための
第一ステップではないかなと感じています。

そして、どの自分を大事にしたいか、
どの自分で振る舞いたいかは「自分で」選択できるし、
今もすでに(無意識ですが)「自分が」選択しているのですよね。

心が揺れ動いて、ブレるとき、
プラスにもマイナスにも偏らないニュートラル(中立)な自分を
思い出したいですね^^

Uくんごめんなさい。
許してください。
ありがとうございます。
愛しています。

Uくんのもとにますますの愛の光が降り注ぐことを
心から希望し、祝福させていただきます。
無条件の愛のもとに。

お読みいただきましたあなたさまにも心から感謝しております^^